もっと自分を大切にしよう。
今日の感謝すること。
・精神不安定でもうまく気分を落ち着かせられようとできていることに感謝である。
・精神的な自立を目指せていることに感謝である。
・食べ過ぎであることに気がついて、いつもよりは食べる量を減らせていることに感謝である。
心が疲れているときには無理をしないようにしよう。
精神が弱っているときは、過去の嫌なことを繰り返し思い出しがちである。
できるだけ気を反らせることをしよう。
嫌なことを考える時間を、自分のためになることをする時間に転換しよう。
食べすぎてしまうのは、自分の体に気をつけられていないからかもしれない。
自分のためにならないことに時間を使ってしまうのは、自分のことを大切にできてないからかもしれない。
もっと自分を大切にできるようになりたい。
自分のことも他人のことも考えることがうまくできない精神状態になることがよくある。
自分からも他人からも目をそらしたくなっている。
自分も他人も嫌いでいる自分がいる。
そんな状況を解消したい。
他人と関わりたくても昔のことを考えたりして、また傷つくのではないかなんて考えて、うまく他人と関われないでいる。
ずっとこんな状態だ。
世の中を大げさに捉えすぎている自分がいる。
誰も彼も自分を傷つけるものだと考えてしまう。
もっと自分を大切にしよう。
自分が好きなものにじっくり触れ合う時間があることは幸せなことなのだ。
今日の感謝すること。
・平和な日常を過ごせていることに感謝である。
・仕事があることに感謝である。
・住む家があることに感謝である。
ピアノの練習で、無理な演奏をしている気がして、もうちょっと力を抜いた練習をしようと思っている。
このように書くことで、意識が高まるので、どんどん書いていこう。
怪我をしない、継続可能な練習を続けていこう。
趣味を楽しむ時間が有ることがとてもありがたい。
今まで他人のために時間を使ったり(しかもその時間の使い方は他人のためにならない)、よくわからないことに時間を使ったり(振り返ってみると、思考停止していたんだと思う)して、趣味を楽しむ時間がなかったのだ。
自分が好きなものにじっくり触れ合う時間が有ることは幸せなことなのだと思う。
こんな生活がいつまでも続けばいいなと思う(しかしいつかは終わってしまうのかもしれない)。
今まで、他人を(無意識で悪意なく)マウンティングしたり、他人の評価によって自分の価値が決まると(無意識に)思っていて、それが今の生き辛さの原因の一分になっているのだと思っている。
そのことに気がついて、もっと自分のそのままあるがままの価値を信じられるようになってきている(多分)。
少しずつだが、以前よりは生きやすくなってきている、と信じたい。
もっと日常が楽しくなればいいな。
今日の感謝すること。
・人のことを気にして、人と比較して、嫉妬したりして抑うつ気分になっていることに気がつけていることに感謝である。
・健康診断の結果を思い出して、精密検査が必要とあって、自分が大きな病気にかかっているのではないかと不安になっていることに気がつけていることに感謝である。
・生きていることに感謝である。
健康診断の結果を思い出させるメールが来て、不安になっている自分がいる。
とっとと精密検査を受ければよいのだろう。
実際に受けるとなると、仮に自分が大きな病気をしていた場合のことを考えて色々と不安になってしまう。
今の生活を乱したくないと考えてしまう自分がいる。
仮に病気だったとしたら、そんなことを言ってられないのだろう。
自分は世の中に憎しみを抱いている気がする。
なぜ世の中を憎んでいるのだろうか。
人とわかり合えないことにもどかしさを感じたりしている。
自分は人と楽しく接することができないとか考えてしまう(事実かどうかは別として)。
自分が嫌いでいる自分が嫌である。
自己嫌悪まみれになっている状況が嫌である。
自己肯定感が低まっているときにはどう対処したらいいだろうか。
好きなことをして気を紛らわすか、いっその事寝てしまうか。
最近朝起きるのが億劫になっている。
もっと日常が楽しくなれば、バッと起きることができるのだろう。
もっと日常が楽しくなればいいな。
幸せを追い求めていこう。
今日の感謝すること。
・普通に平和な日常を過ごせていることに感謝である。精神面でも平和に生きたい。
・自分を見つめ直せていることに感謝である。自分がアダルトチルドレンであると認識して、自分が精神的に未熟であるということを認められつつある。
・幸せが外部から与えられるものではないと、はっきり認識しつつあることに感謝である。
思考の癖なのか、未だに外部(社会的な評価や、他人からの承認や、あることでの成功)から幸せが与えられるのではないかという期待を持っている自分がいる。
幸せは外部から与えられるものではないんだと、もっと常に、無意識レベルで分かるようになりたい。
そうなるために、外の世界への期待を持ったときに、そのことに気がつけるようになろう。
最近はよく、どうしたら幸せになれるのだろうかと考えを巡らせている。
他人にとらわれて脳内メモリが無駄に使われるよりは良いのだろう。
幸せになるために、まず物事に感謝することから始めようと思っている。
常に感謝の気持ちを持っていたい。
樺沢紫苑氏の書籍によると、「セロトニン的幸福」、「オキシトシン的幸福」、「ドーパミン的幸福」を考えることができる。
セロトニンを出すためには、リズム運動と、日光を浴びることと、咀嚼することを意識しよう。
オキシトシンを出すためには、人とのふれあいを大切にしよう。
幸せを追い求めていこう。
食べ過ぎを防ぐために、満腹感を感じよう。ストレス発散方法として他の方法をためそう。
今日の感謝すること。
・懸命に生きている自分に愛しさを感じられていることに感謝である。
・自分のやりたいことに対して意識を向けられていることに感謝である。
・自分の感情に囚われていないことに感謝である。
色々考えすぎて、ふと精神がごちゃごちゃになる。
シャワーを浴びているときにムカつくやつのことを思い出して、いけないことを考えたりしてしまう。
他人に囚われて生きてしまっている。
もっと自分のことに意識を向けて、自分のために考える時間をとりたい。
自己嫌悪に陥ったり、自己憐憫したり、他人にムカついたり。
激しく感情が動いているが、それをうまく表現できないことに対してもどかしさを感じている。
もっと体で、声で表現できたらいいのになと思うのに、それがうまくできなくて悶々とする。
感情表現する練習をしたらよいんだろう。
そのための努力をすれば良いんだろう。
いつのまにか食べすぎてしまっている自分がいる。
自分の体に意識を向けて、「もうお腹いっぱい」という感覚に気がつけるようになろう。
お腹いっぱいでも、もっともっとと食べすぎてしまう自分がいる。
食べることでストレスを発散しているんだろう。
ストレス発散方法として他の方法をたくさんためそう。
自分を大切にする意識が芽生えている。
今日の感謝すること。
・自分を大切にする意識が芽生えていること。ちょっとしたことかもしれないが、外食でできるだけ安いメニューを選ぶことで自分を抑え込んでいたことに気がついた。自分の価値を信じて、高めのメニューを選んでもよいんだよと、自分に声がけできている。
・自分の価値は他人によって決まるのではないと意識できていることに感謝である。
・他人を気にしてしまっているときにそのことに気がつけていることに感謝である。思考の癖なんだと思っている。
今日は久しぶりにカラオケ屋に行って歌をうたうことができた。
自分が好きなことをできている感覚を持てている。
一日の満足感がいつもより高くて、幸福感を感じられている。
今まで無意識的に自分を抑え込んでいたことを、旅を通して分かるようになってきている。
親に金銭面で厳しいことを言われて、高い消費をすることに対して抵抗感を持っていることに気がつけている。
時々は自分の価値を確認するために、高い買い物ができるかどうか、自分を試すのも良いかもしれないと思った。
試す、というよりは、自分へのご褒美と言うべきか。
普段、他人と雑談ができなくて、ちょっとしたコミュニケーションに対しても抵抗感を持っている。
雑談が嫌なのではなくて、何を話せば他人と楽しく話せるのだろうか、分からなくて、うまく話せなくて、抵抗感を持っているんだ。
どうすれば楽しく話せるのかと、脳内でシミュレーションすると良いんだろう。
もっと素直な人間になれればいいな。
今日の感謝すること。
・音ゲーが少しずつ上達していることに感謝である。
・夕飯で、いつも行かないようなお店で食べることができたことに感謝である。新しいことをして、少しずつ「自分はできる」という感覚を身につけよう。
・旅行で自己効力感を少しずつ付けられていることに感謝である。
今思えば、昔から自分を押さえつけて、自分の価値を感じることができなかったんだと思う。
あるがままの自分に価値を感じることができていなかったから、外部の評価によって自分の価値を図ろうとして、ときには他人に(無意識的に)マウントをとったり、逆にマウントを取られたりしていたのだと思う。
最近はそんな生き方に深く疑問を感じている。
(とはいうものの、昔からの生き方の癖は抜けないもので、やはり他人と自分を比較して、他人が自分より「できる」と感じるときには嫉妬してしまう。)
自分が幸せでいるためには、自分の価値をどんなときでも感じられれば良いんだろうと思うようになってきている。
自分は、他人が自分より「できる」と思ったときに、うまく相手を尊敬したり、称賛したり、褒めたりできなくて、逆に嫉妬したりして、そのことに自己嫌悪を感じている。
本当は、「できる」人を尊敬して、称賛して、褒めて、仲良くなりたいと思っているのに、その人と仲良くできる自分を想像できないで苦しい。
もっと素直な人間になれればいいな。