今日の良かったこと。少子化と若い世代の投票数について。
今日の良かったこと。
・ここ数日、朝早く起きられなくなっていたが、今日は意志の力で早めに起きることができたこと。
・朝のジョギングと筋トレが気持ちよかったこと。
・クリスマスイブだったので、ケーキを買って食べた。いつもとは違う行動をとって新鮮な感覚を味わうことができたこと。
あまりにも決まりきった日常を送っているので、たまに違う行動をすると、すごく新鮮な感じを味わえる。
ブログをより充実させるために、ニュースに対して自分の思ったことを書いてみるのもいいなと思った。
これまでは、「こんな事を言ったら馬鹿にされるのではないか」「誹謗中傷が怖い」と思って、なかなか自分の意見を育てて発信することができていなかった。
少し勇気を持って、自分の意見を書くようにしてみよう。
結果的に批判や罵詈雑言を浴びせかけられたとしても、それはそれで仕方がないなと思う。
日本経済新聞で気になったニュースは、今年の出生数が急減したというニュース。
少子化で社会保障の支え手が減少することや、成長率が低下することに対する言及があり、確かにこれらは懸念事項だ。
一方で自分は、若い人が減ることによって、選挙などでの一票の重みが上の世代側に傾くことを心配している。
選挙で、若い人たちの意思や考えが反映されにくくなるのではないかと思っている。
投票数だけで「意見が反映される・されない」を判断するのはいささか乱暴ではあるが、一つの指標にはなるだろう。
若い人の投票数が低いことは、年代別人口の差に加え、投票率を見ると明らかである。
総務省の国政選挙の年代別投票率を見ると、平成29年で30代以下の世代の投票率が50%を割っている。
一方で40代以上の世代の投票率は5割を超えている。
もっと直接的に、総務省のページにあるpdfの「第48回衆議院議員総選挙年齢別投票率調」を見ると、全国で18~39歳の投票数51,588人(約2345人/歳)に対して、40歳~80歳の投票数は193,389人(約4,835人/歳)である。
個人個人では平等な1票は、年代別に見ると2倍以上の重みの差があるとも言えるかもしれない。(あくまで少子化と投票率を考慮した場合)
少子化が進むと、相対的に若い世代の票の重みが軽くなるために、若い世代の人たちも「投票しても票が軽くて意味ないや〜」と思って投票に行く気が起きなくなっているのかもしれない。
世代間での一票の重みについて考えるため、極端な例を考えてみる。(選挙ではないが)
ある100人村では、40歳未満の有権者が10人、40歳以上の有権者が90人いるとする。
村内での意思決定をするために、投票が行われることになった。
その意思決定が若い世代に不利な内容である場合や、上の世代に有利な内容である場合、どうだろうか。
若い人たちは反対するであろうが、上の世代の人達は賛成するであろう。
この場合、個人個人の一票の重みが平等であっても、平等な投票にはならないであろう。
過半数の賛成で可決の場合、きっと賛成多数により可決されるに違いない。
現実では、「国民年金に関する意見」について考えるとよいだろう。
(たくさん書いたのでここで打ち止め)